学校現場にパソコンが導入されたら、みんなのんびりできるはずだった。

パソコンが学校現場に導入されたら……

 30年近く前の話です。当時、パソコンは一部の好き者が個人的に保有しているだけで、学校現場にはほとんど導入されていませんでした。当時、私は、学校現場にパソコンを導入することについて研究するグループに入っておりました。

その研究会で責任者の校長先生が次のようなことをおっしゃったのを覚えております。

「学校現場にパソコンを導入されたらどうするか? なんてあまりむずかしく考えなくったっていい。先生たちの事務仕事が軽減され、教室でぼーっとできるような時間が作れればいい。パソコンなんてそんなものだ。」

当時も、学校現場はブラックでした。(まあ、今よりはずっとマシでしたが……)

だから、その校長さんがおっしゃることに納得しました。まだワープロソフトなどほとんど使われず、その概念さえも知らない人の方が多いくらいでした。学校現場に、パソコンが導入されれば、仕事はずっと楽になって、ゆったり仕事ができるようになるだろうと私も思いました。

事務仕事は効率化されたが……

 しかし、30年前の期待は大きく打ち砕かれました。学校現場はますますブラックになっていきました。

たしかに文書の管理や作成は手で紙に書いている頃よりもずっと効率的にできるようになりました。成績処理も、電卓でちまちま計算しなくても、一気に処理できるようになりました。会計の計算も[EXCEL]を使って早く出来るようになりました。(私の勤務校の場合、その計算ソフトに大きな不備があり、この忙しい年度当初に多くの職員の膨大な時間を奪ってしまいましたが……作った者には猛省を促したい!)

事務仕事は効率化しました。が、仕事は少しもらくになりません。パソコンが導入されたことで事務仕事は効率化され、同じ時間で大量な仕事をこなせるようになりましたが、その前提で現場に余計多くの仕事が持ち込まれるようになったのです。手書きだったら2本しか文書を作れないかもしれないけれど、パソコンを使えば10本作られるようになる。ならば、10本分の仕事が行われるようになったという感じです。

効率化は人のためにならないのでは?

 おそらく、これは、学校現場だけの問題ではないと考えられます。効率化すれば、個人でできる単位時間内の仕事量は増える。ならば、個人に余裕ができる……となればよいのですが、そうではありません。

個人の扱える仕事量が増えると、それが前提となって、個人に要求される仕事量が増えてしまうのです。それは、とてもこわいことだと感じます。パソコンによる効率化により個人があつかう仕事量が増えると、失敗の量も増えるはずだからです。人はミスするものですから、パーフェクトに仕事をするなんてできません。扱う仕事が増えればそれに伴って失敗も増えるはずなのです。私たち教員について言えば、個人情報の扱いを失敗すると大きな問題になってしまいます。

30年前の校長さんがおっしゃっていた理想状態は、全く逆方向に進んでしまいました。それでも、「仕事を沢山こなすことがよい」という見方から「過重な仕事をおしつけるのはブラック」という見方にシフトしつつあります。もすこし、みんなに余裕ができたらいいなぁと思わずにはいられません。

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