ソコタノ日記:「早く始めよう!」と焦ることは、不幸なことだ

この記事の初出は、 note.com です。

今日で、退職して半年

今日、2021年9月29日で、退職生活が182日目にあたります。つまりちょうど半年を終えることになるわけです。正直なところ、あっという間に過ぎた半年間です。
最初は、時間を持て余して、飽きてしまうのではないか? と思っていましたが、毎日散歩かポタリングをするようにし、夏自転車を40日続け、最近は、午前中いっぱい独学をするようになり、意外と充実しているという気がしています。

10年日記や5年手帳を振り返って

毎週土曜日に、10年日記や、5年手帳の同じ頃の1週間分を読むようにしています。両方を合わせて12年分の記録が載っています。
この時期は、いつも成績処理や、教育相談(保護者との面談)の準備をしていることについて書かれています。比較的早く手を着けて余裕のある年もありましたが、大方は、ちょいと遅れめ、でも、最後には必ず間に合わせています。そういう時期には次のような言葉が書かれています。

もう少し早めに始めていた方がよかったかな?

つまり、大体は同じ時期に締め切りがあるのだから、締め切り近くになって焦らなくて良いように、早めに始めてしまおうと記録しているわけです。

「早く始めよう」と焦ることは、不幸なこと

退職した今、そういった言葉を読んで感じるのは、次のようなことでした。

遅れてスタートしたって、38年間、間に合わなかったことは1度もなかった。つまり早く始めようと焦る必要なんてなかった。例年のちょいと遅いかな? と思うペースで十分に間に合っていた。

こういう思いになったのは、退職して時間に余裕ができたからなのだと思います。でも、例年、締め切り間近になると「もっと早く始めればよかった」と自らの愚かさを反省するってのは、実はとても不幸なことではなかったか? と思うのです。

仮に10月10日に教育相談が始まるとします。その日までに、成績を付け、保護者に話すネタを考えて、準備しなければなりません。一体いつから始めたら良いのでしょうか? 夏休みの後半になると、ぼちぼち成績づけを進めければと考えていました。でも、やっぱり夏休みは夏休みです。10月の相談のために準備を始める気にはなれません。
実際、夏休み中に、成績処理をするなんてことは、あまりありませんでした。でも、そういう年も、ちゃんと締め切りまでには間に合わせていました。それなのに、8月の下旬の頃から「ぼちぼちやらなきゃ」とか「今日も、やらなかったなぁ」とかなんとなーく心の奥のところに、澱のようにちっぽけな反省が溜まり続けていたのです。

それって、とっても不幸なこと!

だったって、今は思います。
締め切りなんて間に合えば良いのです。とりあえず人に迷惑をかけない水準のものを締め切りまでに仕上げたとしたら100点満点なのです。
まだずっと先の締め切りに間に合わなくなることを心配して不安になったり、自分を責める必要なんてありません。

退職したから、そう言えるのかもしれませんが、間に合えば100点、今日、遊んだって飲んだって、昼寝したってナーンにも、反省なんかする必要ありません。ギリギリになって全力疾走してでも、間に合えば100点なのです。

先を見ることが、正しいことのような雰囲気がありますが、先ばかり見て今を大切にしないのは、やっぱり不幸なことなのだと、退職して半年後に感じました。

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